FIREを目指すITエンジニア

湖国に住むITエンジニアが思った事を日記にまとめます。

関ヶ原散歩

関ヶ原散歩

いつもJRで通り過ぎていたのですが、やっとこさ関ヶ原散歩が実現出来ました。

JR関ヶ原駅

JR関ヶ原駅

駅舎は綺麗でした。

おすすめウォーキング

駅の構内にはおすすめウォーキングMAPがありました。

関ヶ原看板

駅前のお土産物屋

駅の前にはお土産物屋さんがあります。レンタサイクルも出来るようですので、さっと廻りたい方は自転車を借りると良いでしょう。私は、軽く登山もありましたので、徒歩で廻りました。まずは、大谷吉継公の陣地跡を目指します。

西首塚

西首塚跡

途中で西首塚なるものがありました。立派な木が目立ちます。戦死者埋葬の地らしいです。

www.sekigahara1600.com

不破関資料館

不破席資料館

中には入りませんでしたが、資料館がありました。

資料館裏からの景色

資料館の裏からの景色です。

大谷吉継陣跡

大谷吉継陣跡の駐車場

ここは駐車場なので、大谷吉継公の陣跡はまだ先です。右側にうっすらと写ってますが、団体でガイド付きでハイキングされていました。おそらくは、中山道のガイドでしょうかね。自分も定年したらですが、低山や中山道東海道のガイドをやってみたいものです。

大谷吉継陣跡入り口

ここから階段を登って踏切を渡って行きます。それにしても電車で通った時に見ましたが、ここを通るとは思いませんでした。

踏切

電車

タイミング良いのか悪いのか、ちょうど電車が通過するところでしたので、踏切が閉まりました。

標識

右の陣跡から行きます。

大谷吉継陣跡

陣跡です。次はお墓に行きます。

大谷吉継公のお墓の道

山道ではありますが、しばらく人が通ってないということもなく、歩きやすかったです。

大谷吉継公のお墓

辞世の句

大谷吉継公のお墓です。辞世の句もありました。
「契りあらば六の巷に待てしばし遅れ先立つことはありとも」
戦闘中に送られてきた平塚為広の辞世の句に対しての返句だとのことです。

大谷吉継公の考察

気になって調べてみたのですが、大谷吉継公は有能な武将で、小早川秀秋が謀反する事も事前に気づいており、西軍が分が悪い事もわかってたようです。それでも何故、戦に参戦したかというと、豊臣への義と石田三成との友情からくるものと思います。石田三成には勝てぬと諌めていたらしいですが、それでも三成が立つなら、「自分は友として、武将として、最後まで共に立つ」それが吉継公の選択だったようです。

松尾山眺望地

松尾山眺望地

大谷吉継公の陣跡のすぐ近くに小早川秀秋が陣取っていた松尾山の眺望地があります。謀反すると分かってたので、ここから様子を伺ってたんでしょうね。

小早川秀秋陣跡

ぐるっと南から回って松尾山に登ります。

松尾山入り口

松尾山入り口です。

東海自然歩道標識

東海自然歩道になってるようです。

山頂付近

ところどころで標識があり、勾配もそんなにきつくなかったです。

山頂のトイレ

山頂に着きました。トイレもあります。

小早川秀秋陣跡

ここに小早川秀秋公が陣取っていたんですね。見晴らしはとても良いです。

松尾山頂からの伊吹山

伊吹山も見えます。

下山

JR関ヶ原駅方面に向かって降ります。この時点で、お昼時でしたので、かなりお腹が空いてきました。

松尾山駐車場

北側の登山口には駐車場もあるようです。南側からだと、かなり遠回りなので、北側からの方が良いですね。

小早川秀秋公の考察

小早川秀秋公は東軍の黒田長政に調略されていたのですが、ぎりぎりまで、どちらにつくか迷ってたようですね。

  • 開戦後もしばらくは静観
  • 石田三成の催促にも応じない
  • 徳川家康からの要請にも応じない

東軍につく決定打となったのは業を煮やした徳川家康が松尾山に向けて鉄砲を向けて打ったからだと言われてます。それもありますが、豊臣から冷遇されてたという事実もあったことから、気持ちとしては、東軍に傾いてのかもしれませんね。すぐに東軍につかなかったことから徳川でも重用されず、酒に溺れて短い人生を終えたのですが、大谷吉継公との違いは、

覚悟を持てた者と、持てなかった者

となりますね。持てなかった者が結果的に勝ったとは言え、武将としての人生はどちらが幸せだったんでしょうか・・・

福島正則陣跡

福島正則陣跡

途中で福島正則の陣地跡もありました。

伊吹庵

ランチは関ケ原古戦場記念館にある伊吹庵でいただくこととしました。

tabelog.com

カツ丼

合戦弁当定食が食べたかったのですが、今の時期は予約しないと駄目だったようで、戦国武将カレーのどちらにしようか迷った挙句、必勝カツ丼にしました。

豊臣兄弟

そういえば大河ドラマがやってるんでしたね。しばらく見てないや。それもあってか関ヶ原は賑わうかもですね。

甲冑

甲冑もかっこいいけど、なんとなく戦いにくく感じるのは私だけでしょうか。

決戦地

お昼をいただいた後は決戦地を目指します。

決戦地までの道

決戦地の標識

標識の通りに進みます。

決戦地1

決戦地2

西軍の士気が低かったから負けたのだと思いますが、なぜなんでしょうね。

石田三成陣跡

次は石田三成陣跡を目指します。

石田三成陣跡までの道

地味に標識が助かります。

島左近陣跡

島左近の陣跡もありました。

石田三成陣跡

石田三成の陣跡もすぐ近くです。

階段

上に登ります。古戦場跡っぽい感じがしますね。(笑)

猿注意

猿が出るようです。

山頂

山頂からの景色

すぐに上まで行けました。眺めは良かったです。

開戦地

開戦地標識

次は開戦地を目指します。

開戦地1

開戦地2

色々と心理戦があったのが伺えます。

島津義弘陣跡

島津義弘陣跡

島津義弘陣跡2

開戦地の途中にあります。

帰路

JR関ヶ原駅

結構歩いて暗くなったので、帰路につきます。なかなか歩きごたえがあり、軽い登山ありと楽しかったですね。岐阜はとにかく広く白川郷や飛騨など行きたいところはたくさんあります。公共交通機関利用が主ですが、郡上八幡は割と簡単に行けそうに見えて、結構、時間がかかるようでしたので、恐るべき岐阜です。時間をかけて歩きましょうかね。

まとめ

各武将の陣跡を実際に歩いて回ってみると、教科書や本で読んでいたエピソードが急に立体的に感じられてきます。

 

「ここで待っていたのか」、「ここから見下ろしていたのか」と想像すると、関ヶ原の当時の情景が思い浮かびます。

 

そんな中、ふと「もし自分がこの時代の武将だったら、誰タイプだろう?」と考えてみたところ、即座に思い浮かんだのが

小早川秀秋

でした。(笑)

しかもこの話を妻にしたところ、間髪入れずに「でしょうね」と即答されたのが、地味に心に刺さりました。(笑)

 

もっとも、私の場合は少しだけ違います。優柔不断に山の上でモジモジするのではなく、最初から腹を決めて、西軍の背後から思い切り突撃。「は〜い。今から裏切りまーす!」くらいの勢いで武功を稼ぎ、徳川に重用される未来を狙った気がします。(笑)

と、ここまでそれっぽい話をしておきながら、最後は身も蓋もない自己分析で締めてしまいました、すみません。(笑)