関ヶ原散歩
いつもJRで通り過ぎていたのですが、やっとこさ関ヶ原散歩が実現出来ました。
JR関ヶ原駅

駅舎は綺麗でした。

駅の構内にはおすすめウォーキングMAPがありました。


駅の前にはお土産物屋さんがあります。レンタサイクルも出来るようですので、さっと廻りたい方は自転車を借りると良いでしょう。私は、軽く登山もありましたので、徒歩で廻りました。まずは、大谷吉継公の陣地跡を目指します。
西首塚

途中で西首塚なるものがありました。立派な木が目立ちます。戦死者埋葬の地らしいです。
不破関資料館

中には入りませんでしたが、資料館がありました。

資料館の裏からの景色です。
大谷吉継陣跡

ここは駐車場なので、大谷吉継公の陣跡はまだ先です。右側にうっすらと写ってますが、団体でガイド付きでハイキングされていました。おそらくは、中山道のガイドでしょうかね。自分も定年したらですが、低山や中山道、東海道のガイドをやってみたいものです。

ここから階段を登って踏切を渡って行きます。それにしても電車で通った時に見ましたが、ここを通るとは思いませんでした。


タイミング良いのか悪いのか、ちょうど電車が通過するところでしたので、踏切が閉まりました。

右の陣跡から行きます。

陣跡です。次はお墓に行きます。

山道ではありますが、しばらく人が通ってないということもなく、歩きやすかったです。


大谷吉継公のお墓です。辞世の句もありました。
「契りあらば六の巷に待てしばし遅れ先立つことはありとも」
戦闘中に送られてきた平塚為広の辞世の句に対しての返句だとのことです。
大谷吉継公の考察
気になって調べてみたのですが、大谷吉継公は有能な武将で、小早川秀秋が謀反する事も事前に気づいており、西軍が分が悪い事もわかってたようです。それでも何故、戦に参戦したかというと、豊臣への義と石田三成との友情からくるものと思います。石田三成には勝てぬと諌めていたらしいですが、それでも三成が立つなら、「自分は友として、武将として、最後まで共に立つ」それが吉継公の選択だったようです。
松尾山眺望地

大谷吉継公の陣跡のすぐ近くに小早川秀秋が陣取っていた松尾山の眺望地があります。謀反すると分かってたので、ここから様子を伺ってたんでしょうね。
小早川秀秋陣跡
ぐるっと南から回って松尾山に登ります。

松尾山入り口です。

東海自然歩道になってるようです。

ところどころで標識があり、勾配もそんなにきつくなかったです。

山頂に着きました。トイレもあります。

ここに小早川秀秋公が陣取っていたんですね。見晴らしはとても良いです。

伊吹山も見えます。

JR関ヶ原駅方面に向かって降ります。この時点で、お昼時でしたので、かなりお腹が空いてきました。

北側の登山口には駐車場もあるようです。南側からだと、かなり遠回りなので、北側からの方が良いですね。
小早川秀秋公の考察
小早川秀秋公は東軍の黒田長政に調略されていたのですが、ぎりぎりまで、どちらにつくか迷ってたようですね。
東軍につく決定打となったのは業を煮やした徳川家康が松尾山に向けて鉄砲を向けて打ったからだと言われてます。それもありますが、豊臣から冷遇されてたという事実もあったことから、気持ちとしては、東軍に傾いてのかもしれませんね。すぐに東軍につかなかったことから徳川でも重用されず、酒に溺れて短い人生を終えたのですが、大谷吉継公との違いは、
覚悟を持てた者と、持てなかった者
となりますね。持てなかった者が結果的に勝ったとは言え、武将としての人生はどちらが幸せだったんでしょうか・・・
福島正則陣跡

途中で福島正則の陣地跡もありました。
伊吹庵
ランチは関ケ原古戦場記念館にある伊吹庵でいただくこととしました。

合戦弁当定食が食べたかったのですが、今の時期は予約しないと駄目だったようで、戦国武将カレーのどちらにしようか迷った挙句、必勝カツ丼にしました。

そういえば大河ドラマがやってるんでしたね。しばらく見てないや。それもあってか関ヶ原は賑わうかもですね。

甲冑もかっこいいけど、なんとなく戦いにくく感じるのは私だけでしょうか。
決戦地
お昼をいただいた後は決戦地を目指します。


標識の通りに進みます。


西軍の士気が低かったから負けたのだと思いますが、なぜなんでしょうね。
石田三成陣跡
次は石田三成陣跡を目指します。

地味に標識が助かります。

島左近の陣跡もありました。

石田三成の陣跡もすぐ近くです。

上に登ります。古戦場跡っぽい感じがしますね。(笑)

猿が出るようです。


すぐに上まで行けました。眺めは良かったです。
開戦地

次は開戦地を目指します。


色々と心理戦があったのが伺えます。
島津義弘陣跡


開戦地の途中にあります。
帰路

結構歩いて暗くなったので、帰路につきます。なかなか歩きごたえがあり、軽い登山ありと楽しかったですね。岐阜はとにかく広く白川郷や飛騨など行きたいところはたくさんあります。公共交通機関利用が主ですが、郡上八幡は割と簡単に行けそうに見えて、結構、時間がかかるようでしたので、恐るべき岐阜です。時間をかけて歩きましょうかね。
まとめ
各武将の陣跡を実際に歩いて回ってみると、教科書や本で読んでいたエピソードが急に立体的に感じられてきます。
「ここで待っていたのか」、「ここから見下ろしていたのか」と想像すると、関ヶ原の当時の情景が思い浮かびます。
そんな中、ふと「もし自分がこの時代の武将だったら、誰タイプだろう?」と考えてみたところ、即座に思い浮かんだのが
でした。(笑)
しかもこの話を妻にしたところ、間髪入れずに「でしょうね」と即答されたのが、地味に心に刺さりました。(笑)
もっとも、私の場合は少しだけ違います。優柔不断に山の上でモジモジするのではなく、最初から腹を決めて、西軍の背後から思い切り突撃。「は〜い。今から裏切りまーす!」くらいの勢いで武功を稼ぎ、徳川に重用される未来を狙った気がします。(笑)
と、ここまでそれっぽい話をしておきながら、最後は身も蓋もない自己分析で締めてしまいました、すみません。(笑)