FIREを目指すITエンジニア

湖国に住むITエンジニアが思った事を日記にまとめます。

システムエンジニアのキャリアについて(2)

前回の続きです。

テスターからプログラマー

前職と同じガラケーのテスターとして現場に配属されました。

その前にSES(System Engineering Service)についての説明

前回ではお伝え出来てなかったですが、私自身は、正社員として、小さい会社に雇われたのですが、SES(System Engineering Service)、主に準委任契約で、労働時間に対して報酬が発生する契約でDoCoMoさんのガラケーを作っていたメーカーさんのさらに下請け企業さんに配属される事となりました。SESと言えば、難しく聞こえるかもしれませんが、要は派遣と変わらないです。

1年ほどテスターとして従事する

担当機能は、i-modeブラウザでしたが、その中でも暗号化通信部分(SSL通信)を担当していました。OSはLinux、WebサーバーはWindowsApacheで、HTMLも良く分からない状態からApacheの構築やHTMLを学習してました。半年後にはHTMLと簡単なCSSは理解出来、Apacheの構築や細かい設定までチューニング出来るようになっていました。

プログラマーとしてのキャリアをスタート

現場に配属されてから1年後、開発チームに配属されました。ガラケーの組み込みでしたので、開発言語はC言語で、OSはLinuxでした。秀丸エディタで、がりがり開発していましたが、この時が一番、プログラムを作っている感じがして楽しかったです。

リーマンショックにより配属先との契約が強制終了

リーマンショックがあり、参画していたプロジェクトが中止となったこともあり、月途中であったにも関わらず、契約が強制終了となりました。本来であれば、契約的にはNGなのですが、立場的に弱いので、仕方がなかったのかもしれません。

別の現場へ

人生のターニングポイントとなる現場ですが、今度は、ある大手メーカーさんの工場内で、あるシステムの開発に従事する事となりました。その現場は、私の会社の先輩社員が大勢居たのですが、この中で後々、苦しめられるパワハラ気質な先輩が居ました。

精神的に限界を迎え退職

プログラマーとしては、キャリアが浅かった事と、初めてデータベースがあるシステムに関わった事から、開発の進め方にとても苦労し、私のせいで、度重なるスケジュール遅延を招いていました。同じような経験をした事がある方なら分かると思いますが、遅れを何とかして取り返そう!っと思って、無理に残業したり、上司に報告出来ずなどで、どんどん精神的に追い詰められていきました。

 

そして追い打ちをかけたのが前述のパワハラ気質な先輩でしたが、ことある毎に罵倒され、皆の前で「帰れ!!!」っと言ったり、今ではとても考えられないような仕打ちを数々、受けました。私もその時は、若く、いっぱいいっぱいだったので、これで精神的に限界を迎え、良くない事だとは思いつつも、退職届を郵送し、加えて電話連絡で退職の意思を伝えました。その時に退職代行のモームリがあったら使ってたと思います。(笑)ただし、今、もし、同じようなパワハラを受けたら、ボイスレコーダーで記録を取るなどし、訴えると思います。家族が居る居ないでは、やっぱり変わってきますかね。

まとめ

私の所感というよりも、経験の浅い方が最初にぶつかる壁というのは、

  1. 案件が炎上
  2. 能力以上の業務を割り振られた時

に直面した時に精神的にキツくなり、限界を超えると、うつ病になったり、退職になるケースが多かったです。これを乗り越えられるかで、今後のキャリアも変わってくるとは思いますが、経験しなくて良いのであれば、しない方が良いとは思います。後は、会社がどれだけ精神的な面をケアしてくれるかも重要だと思いますが、体育会系気質な会社だと、そういうところに期待するのは難しいですので、精神を病む前に退職した方が良いでしょう。

 

(3)に続きます。